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- 和賀山塊の主峰・和賀岳(1440m)や白岩岳(1177m)、薬師岳(1218m)には登山道があるものの、第二の高峰・羽後朝日岳(1376m)には一般的な登山道はなく、広大な和賀山塊の中でも最も原始性に富んでいる。冷涼な風と霧に包まれる山頂周辺は、多種多様な高山植物が咲き乱れる別天地である。
もし、登山道があれば、間違いなく「花の百名山」になっていたであろう・・・「秘境・和賀山塊」と呼ばれているのは、登山道が全くない羽後朝日岳の存在ゆえである。
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- 和賀山塊は、沢登りの人たちに人気が高く、全国にその名が知られている。中でも原始の山・羽後朝日岳に登るコースは、部名垂沢遡行コースが一般的だが、沢登りコースとしては、堀内沢遡行コース、生保内川遡行コースが人気が高い。
- 堀内沢遡行コースは、距離は長いものの、上流マンダノ沢に入ると、深山幽谷の滝が連続し、森と水と岩の造形美が素晴らしく、遡行満足度が高い。
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- 堀内沢~羽後朝日岳コース
堀内沢発電取水口・標高200m 400m二又下流C1 マンダノ沢遡行 蛇体淵800m 天狗の沢出合850mC2 天狗の沢遡行 羽後朝日岳1376m 部名垂沢下降 部名垂沢車止め360m
(標高差・・・上り1,176m 下り1,016m)
- 日帰りは不可能で、最低1泊2日は要する。上の行程では2泊3日、車は堀内沢と部名垂沢に計2台必要。帰路、部名垂沢ではなく朝日沢を下降すれば、車は1台で済むが、遡行距離は長くなる。
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▲堀内沢発電取水口の手前が車止め |
▲水の透明度は高く、水量も多い |
- 堀内沢の清冽な流れを右に左に渡渉を繰り返す。夏の暑い陽射しに汗も滴り落ちるが、清冽な流れに身を浸せば、その暑さも吹き飛ぶ。
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- 谷の真ん中に居座る巨岩は、通称「秋田犬」と呼ばれている
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▲堀内沢「苔の洞門」 |
▲難所も多く、増水すればザイルは必携 |
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▲右岸から羽後朝日岳を源に発する朝日沢が合流する
- 沢登りでは、堀内沢マンダノ沢を登り詰め、羽後朝日岳から朝日沢を下降すれば一周できる。また生保内川を登り詰め、羽後朝日岳から朝日沢を下降するパーティも多い。
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▲右手からシャチアシ沢が合流する地点
- 暗いゴルジェ帯前方がスポットライトを浴びたように浮かびあがり、白泡が輝き、美しい渓相をみせる。右から合流するシャチアシ沢の奥に落差100mに及ぶヒネリ滝が懸かっている。
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- ワニ奇岩4 m滝(堀内沢)・・・滝の中央に突き出した岩は、左岸側からみるとカバにみえるが、右岸側からみるとやはりワニに似ている。現在は、岩の先端部分が崩落し、昔の面影がなくなったのは残念。
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▲岩穴トンネル |
▲天然秋田杉 |
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- 堀内沢名物・三角錐の岩峰・・・渓の真ん中に、流れを二分するように巨大な岩が立っている。氷河に侵食されたような三角錐の岩峰を見れば、誰しも登ってみたい衝動に駆られる不思議な岩峰である。
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▲ブナの原生林に包まれた穏やかな流れ
- マンダノ沢と八滝沢が合流する二又近くになると、ブナの原生林も深く流れも穏やかになる。
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▲今では希少な天然秋田杉の巨木も観察できる
- 和賀山塊の林相は、ブナなどの広葉樹に加え、天然秋田杉やクロベ、キタゴヨウ、ヒノキアスナロなど針葉樹との混交林が大きな特徴である。
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▲オイノ沢右岸に広がるブナの原生林 |
▲二又下流右岸に数ヵ所のテン場適地がある。 |
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▲階段状のゴーロ連瀑帯が2kmも続くマンダノ沢
- 堀内沢は、標高410mでマンダノ沢と八滝沢に分かれる。深山幽谷の滝は、この二又より上流部が核心部である。苔むした巨岩が累積、その天上から清冽な瀑布が降り注ぐ堀内沢上流マンダノ沢・・・度肝を抜くような巨岩が累積した険しい沢であるが、その原始性は見事というほかない。
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- 「何事もない平常時は理論や観念に安んじているが、一旦非常事態や困難に遭えば、自然宗教が再熱してきて、自然石や樹木、路傍の石像まで、真剣な祈りをささげるようになる。」(「石の宗教」五来重、講談社学術文庫)・・・そんな神々しい光景が目の前一面に広がる。
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▲二条15m滝・・・右岸を巻く
- 昔から石には、神や仏、霊の魂がこもっていると信じられてきた。その「石神信仰」のDNAを思い出すような巨岩が延々と積み重なり、その間を聖なる水が走り下る。この聖なる水でケガレを祓い、巨岩に向かって拝めば、願いがかなうような美しい渓相が延々と続く。
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- 美しい二条12m滝・・・この清冽な流れは、秋田県最大の穀倉地帯、仙北平野を潤す。同じ県内の「あきたこまち」でも、仙北の米はひときわ美味い。その美味さの秘密は、この原始性をとどめた森と美味しい水にあるのではないだろうか。
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- 左岸の山を見上げると黒いゴツゴツした岩肌が剥き出しになり、岩頭にはヒバの大木が林立している。まるで中国の秘境を描いた山水画のような世界となる。
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- 蛇体淵・・・二又から高度差約400m、距離2km余りに及ぶゴーロ連瀑帯を過ぎると、急に谷は開け、別天地のように穏やかな「蛇体淵」に辿り着く。かつては、落差10mもあり、淵は蛇のように蛇行していたという。いつしか流木に堰き止められ、土砂が堆積したために、その姿が一変したらしい。
- 羽後朝日岳にアプローチする場合は、この河原にキャンプするパーティが多い。
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- 蛇体淵より上流部も、巨岩が累積した急階段のゴーロが続く
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▲クガイソウ |
▲センジュガンピ |
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▲シナノキ(マンダ) |
▲カラマツソウ |
- マンダノ沢の由来・・・秋田では、シナノキを「マンダ」と呼ぶ。この樹木から名付けられたのであろう。マンダは、樹皮から繊維をとることで有名な樹木である。マンダノ沢には、確かにマンダの木が多い。かつては、このマンダの皮を剥ぐために、山人たちはこの沢に入っていたのであろうか。
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- 天狗の沢出合い二又・標高850m付近・・・正面の沢が天狗の沢で奥に7mの滝が見える。
- 源流部の沢の名前や地名は、八龍沢、天狗の沢、蛇体淵など、「龍」とか「天狗」とか「蛇」といった獣のような名前が並んでいる。昔から人を寄せ付けなかったことがよくわかる。
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- 標高850m二又C2から天狗の沢を遡行し、羽後朝日岳(1376m)の山頂をめざす
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- 水がなくなる直前の源流二又で昼食。左の沢が歩きやすそうだったが、あえて右の沢へ。水が枯れた窪地を登ると、やがて猛烈な笹薮と灌木類が密生したヤブに突入。山は煙り山頂や稜線が全く見えず、疲れることこの上ない。ヤブこぎ40分ほどでお花畑に出る。
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- 雨の中、最後の詰めで猛烈な薮こぎに喘いだだけに、このお花畑の草原に出た瞬間は、得も言われぬ開放感、感動が押し寄せてきた。しばし羽後朝日岳を見上げるも、濃いガスが流れて何も見えなかった。しかし、深い静寂と流れる濃霧に見え隠れする山並みを見ていると、原始の山・羽後朝日岳にふさわしい神秘的な景観だった。
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- このなだらかな山頂は、人力運搬のモッコを伏せたような形をしていることから、「朝日モッコ」と呼ばれていた。手前の白い花はハクサンイチゲ、奥の黄色の花はニッコウキスゲ。この二種の大群落は見事であった。堀内沢遡行起点から山頂までの高度差は1200mもある。
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▲ハクサンイチゲの群落 |
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- 山頂に咲いていた花は、ニッコウキスゲ、ハクサンイチゲ、ハクサンシャジン、ミヤマウスユキソウ、タカネアオヤギソウ、トウゲブキ、オオカサモチ、ハクサンフウロ、タテヤマウツボグサ、ヤマルリトラノオ、ハンサンシャクナゲなど足の踏み場もないほど咲き乱れていた。
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▲羽後朝日岳(1376m)山頂 |
- 羽後朝日岳(1376m)には登山道がないだけに、堀内沢マンダノ沢源流を詰め、孤高の羽後朝日岳山頂に登るルートは、遡行の満足度が高い。
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- 羽後朝日岳の花・・・ハクサンイチゲ、ニッコウキスゲ、ハンサンフウロ、トウゲブキ、ハクサンシャジン、コバイケイソウ、ハクサンシャクナゲ、ヤマルリトラノオ、タカネアオヤギソウ、ウメバチソウ、ミヤマシオガマ、チシマセンブリ(タカネセンブリ)、ミヤマリンドウ、キバナノコマノツメ、ミヤマウスユキソウ、タテヤマウツボグサ、リシリシノブ、オサバグサ、ミヤマアキノキリンソウ
- 不思議なことに低山性植物であるカタクリやキクザキイチゲ、トキソウ、シラネアオイ、ミヤマカラマツ、タムラソウ、タガネソウ、ノギランなども多数混生しているという。
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▲ハクサンフウロ |
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▲タカネアオヤギソウ |
▲トウゲブキ |
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▲ハクサンシャジン |
▲ミヤマウスユキソウ |
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▲タテヤマウツボグサ |
▲ヤマルリトラノオ |
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▲誰もいない静寂のお花畑と散歩道
- 羽後朝日岳の山頂から部名垂沢の下降地点まで明瞭な踏み跡がある。所々に不明瞭な踏み跡もあるが、一般的な登山コースとなっている部名垂沢へ行く踏み跡が明瞭で迷うようなことはない。高山植物に気を取られ、ちょっとレンズを向けて遊んでいると、仲間の姿があっと言う間に見えなくなるほどガスっていた。
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▲正面に聳える山が志度内畚(1290m)。前方の谷は生保内川源流部。
- 立っている所は、草花が全く生えていない裸地になっている・・・これを「構造土」という。冬は稜線に多量の雪が積もる・・・そして気温の寒暖と烈風・・・土の水分が凍結と融解を繰り返し、自生する植物を剥ぎ取ってしまうという。生保内川源流部の緩やかな斜面は、桃源郷のような花園になっているが、残念ながら濃霧に邪魔され撮影できなかった・・・残念!
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- 部名垂沢二又・・・左の沢が登山ルートになっている。
- 羽後朝日岳の山頂から部名垂沢の下降地点まで明瞭な踏み跡がある。部名垂沢は、急峻な沢に加え、赤茶けたガレの連続で非常に歩きにくい。しかし滝の難所には、全てロープがあり問題ない。下降地点から標高差1000mを一気に下降する。
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参 考 文 献 |
- 「秘境・和賀山塊」(佐藤隆・藤原優太郎、無明舎出版)
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